一年前に初めて本コラムに投稿した内容は、コロナ禍での金融市場に広がる悲観論に警鐘を鳴らしたものだった。当時は、先行きの見えないウィルスとの闘いに投資家心理は冷え込んでいたが、その後の株価動向は誰もが不可思議に思うほど上昇し、悲観論とは全く逆の動きとなった。
そして現在はどうかというと、コロナ対策そのものへのメディアの厳しい論調とは異なり、様相は一変して株式相場の先行きへ楽観論が強まっている。6月10日付の日経朝刊には株価座談会の内容として「年末3万2000円も」との見出しが躍った。
その背景としてのシナリオは、コロナを経験した社会が新たにDXや脱炭素社会を目指し、インフラやESGへの投資が増加し、経済活動が活発化、企業業績は上向くということなのであろう。1年ほど前、2万円割れの時の投資家心理とは隔世の感がある。
しかしながら、筆者は、楽観論に安易に与するには抵抗があり、むしろ底値から2倍近くなった現状の+株価を踏まえてここではいったん控えめにマーケットを見る必要があるものと考えている。その理由は、アナリストが買い材料としているDXや脱炭素は、すでに相当程度相場に織り込まれてはいるのではないか、あるいはそれらが本当に社会を豊かにして、IT革命のように経済社会を激変させて生産性向上につながるのであろうかという、懐疑的な見方である。
DXは確かに一部で生産性向上に資するだろうが、一方で物理的移動や飲食など消費の減少や対面サービスの陳腐化などマイナス要因を考慮しなくてはならないだろう。また、脱炭素もこの変革によって新しい産業が生まれることはプラスであろうが、脱炭素自体は、電力価格の上昇や追加的な開発コストに加え、新たな規制によって、生産性の向上に結び付かないどころか一時的には経済にとってマイナスに作用することも否定できないのではないだろうか。
さらに、この1年で新しいリスクが台頭していることも見逃してはならない。ひとつは地政学的リスク特に中国を取り巻く世界情勢である。まもなく開催されるG7では中国問題が議題にのぼることになっている。中国だけでなくロシアも米国との関係が悪化している。20世紀終わりから最近までグローバル化によって世界は経済成長を謳歌してきたわけであるが、過去東西冷戦が経済発展を阻害したように、世界経済のブロック化によって経済成長が鈍化するリスクを考慮しないわけにはいくまい。
もう一つが資源価格の上昇である。米国、中国の経済回復の足音ともに、資源価格がこれまでとは違った形で上昇している。この上昇の要因はコロナ後の消費の回復という理由以外は明確ではないが、この上昇が持続するとなると、先進国が金融緩和を継続している折であるだけに物価上昇に波及して、経済に悪影響を及ぼす恐れがある。すなわち資源価格の上昇がボトルネックとなり生産活動の停滞、企業業績の悪化を招き、さらには悪い金利上昇が発生して株価のトレンドを変えてしまうことも十分に有り得るシナリオである。
これらのリスクファクターが杞憂に終わればいうことはないが、株式投資ということに関しては、高値圏にある株価から追加的に得られる期待利益は低減していることを考慮するとリスクテイクは慎重を期すべきであると筆者は考えている。これまで学んだ教訓は、株価は予想した通りには動かないということであり、ここは冷静に先行きを見極める必要があると感じている次第である。